こんにちは。
奈良県大和高田市 JR和歌山線「高田」駅前すぐの整形外科クリニック
「にのみや整形外科」院長の二宮俊憲です。
吉田拓郎が「結婚しようよ」でメジャーデビューしたのが1972年、私が中学生の時です。
この後空前のフォークソングブームが沸き起こりました。
当時はもちろんカラオケなどはありませんから、人前で歌を歌うことなどほとんどない時代です。
そこへ自分でギターを掻き鳴らして、それに合わせて自分で歌うという当時の中学生には衝撃的なスタイルが現れたわけです。
これにはみんなハマりましたねぇ。
私も、当時はおおらかな時代でしたから高校生と身分を偽って肉体労働のアルバイトをして、ヤマハのギターを買いました。
ジャンジャンギターを弾いて、訳のわからない歌を歌う息子に両親はなにも言いませんでしたが、かなり迷惑だっだと思います。
その後いろいろな音楽と接するようになり、多少なりとも人生に潤いを与えてくれていることを思えば、
そのきっかけを作ってくれた吉田拓郎さんの引退は感慨深いものがあります。